
シルクスクリーン版画
グループ展のお知らせ
私が受講しているシルクスクリーン版画のメンバーによるグループ展です。案内カードで6名の作品をちらっとお見せしていますが、個性いろいろの作品をお楽しみください。私は4点出展予定です。
南森町や天満橋界隈で仕事をされているみなさん、画廊までそう遠くはありませんので気分転換に覗いてください。
梅田、淀屋橋、北浜方面へお出かけの方も、ちょっとお立ち寄りいただきご高覧ください。また、シルクスクリーン版画に興味をお持ちの方は是非お越しください。
私は月曜と土曜のお昼からは、必ず画廊におります。平日は夕方に居るときもあると思います。
南の島レポート---2
無人島でシュノーケルと救命胴衣をつけて浮いたまま海中を見るのだが、
いろんな魚が手の届くところまでいっぱいいて思わず興奮。
そして、プ−ケットタウンのおいしいスポットはイタリアン。
海に囲まれている島なので、当然シーフードが新鮮でおいしい。
もうひとつ、古い家屋を改装した服と雑貨とカフェの店も紹介しよう。






プ−ケットタウンの噴水のロータリーのすぐ近くにあるイタリアン・レストラン「サルバドール」。店に入るとそこはイタリア、行ったことはないんだけど、恐らくLAのリトル・トウキョウの日本食の店内が全く日本だったのと同じように、自国のスタイルだと思う。
私はトマトソースのシーフード・スパゲッティを注文。海老、烏賊、貝もたくさんは入って、旨味がしっかりしていてアロォーイ(タイ語でおいしい)。友達の注文した、ラザニアやブイヤベースもちょっと味見したがおいしかった。お腹が空いていたので、写真も撮らずに食べてしまった。ウッカリ。
左下はデザート。バニラ・ジェラート、ティラミス、プリンと私はチョコレート・ジェラートを注文。チョコレートが香り高く濃厚な味わいだった。他の店でも同じものをオーダーしたが、全く違っていてここのほうがおいしかった。プ−ケットはイタリア人観光客が多く、当然イタリアンの店も多い。滞在中に3軒行って、泊まっていたホテルの店「アンクル・ナンズ」も良かったが、その中でもお薦めの店である。



さらに奥へ行くと、左写真の庭の通路が見える。竹が植えられ一見京都の町家の裏庭といった感じである。よく見るとバナナの木があったり、極楽鳥やハイビスカスの花が咲いていたりして南国の庭だが、タイも日本も同じアジア、繋がっているなぁ思う。ここはスタッフの通路になっていて、向いはカフェになっている(右上写真)。
さらにさらに奥へ行くと広いスペースになっていて、片隅にテーブルがある。(写真左下)さらにその奥は厨房となっている。壁に改装前の荒れたようすの写真があったが、以前の部分も残しつつ見事に蘇って、町のど真ん中と思えない静かで安らぐ空間となっている。




「チャイナ・イン」は、何度もプーケットを訪れている友人が懇意にしている店で、噴水のロータリーから、北へ2つ目の通りを東に入ったところにある。京都の町家を思わせる奥に長く伸びた、言わゆるウナギの寝床のつくりである。
店内は目利きの中国系タイ人オーナーが選んだものが、ゆったりと並べられている。1階は生活用品と2階は衣類である。 1階壁には、古い写真が飾られていて、その掛け方にセンスを感じる。クラシックなチャイナ服を着て店の前に佇む家族の写真など興味深い。


写真左のマンゴ・スムージーは上品な甘さでなかなかおいしく、数多いメニューの中からのグッド・チョイスだった。
右写真はタイの生菓子、オーナーから私達に出していただいたものだが、笹に包んだもの、型に入れて型だししたものなど日本の和菓子と同様繊細なつくりで、タイの食文化の高さが感じられる。
「チャイナ・イン」の前で撮ったストリート。
かつてプーケットは錫が採れ、その交易で栄えた町である。
ポルトガルと中国の貿易商人が多くいたようで、コロニアル建築が多く見られ、
ポルトガル、中国とタイの文化が混ざった面白さがある。
南の島レポートは以上、プ−ケットに行かれるときは、立ち寄ってみてはいかがでしょう。


「カポーティ」 ベネット・ミラー監督 2005年USA
トルーマン・カポーティは映画でお馴染みの「ティファニーで朝食を」の原作者として一躍有名となった作家だが、この映画の話となるこの「冷血」で高い評価を受けている。しかし、この作品のあと一冊の本も完成させることが、出来なっかった。「冷血」はどういうふうな状況で書かれたのか、「冷血」の取材、執筆のときにいったい何が起こったのか?という映画であるが、エンディングはどんよりと終わっていて、観た人それぞれに思いを巡らすつくりになっている。
トルーマン・カポーティの姿も声も知らなかったので、主演のフィリップ・シーモア・ホフマンが、そんなにそっくりにカポーティになりきってアカデミー主演男優賞を受賞の評価でも、「そうなんか」としかいえないが、あの話し方を聞くと、カポーティはゲイというのが分かる。取材で何度も現地を訪れ、警察や犯人の家族、犯人とも面談して話を聞いている。読んでいないので断定できないが、彼のノンフィクション「冷血」はかなり細かく、町の雰囲気、殺人の状況、犯人の育った環境や性格など記されているようである。しかし、動機については、犯人が何も話さなかったようで、謎である。
そして、カポーティは犯人のひとりが自分と同じ不遇な生い立ちであるのと、孤独でデリケートな性格に共通点を見て、同情というよりひと事ではないような気持ちになって心を通わせていく。思うに心を通わせるというより、恋愛の感情になっていたのであろう。 何とか死刑にならずに生き長らえてほしい、でも早く死刑になってドラマチックに自分のノンフィクションを完成させたいという葛藤に苦しむ。なぜ、「冷血」の後は一冊の本も完成させられなかったのかは、映画を観て推測するしかない。あなたの意見を聞かせてほしい。
大阪梅田はスカイビルの「ガーデン・シネマ」にて11月10日までで間もなく終了。

連載-AMERICAN
PHOTOGRAPHS-25
Chicago, Illinois
ミシガン湖畔のグラント・パーク。
シカゴの中心街に位置し大きな噴水や美術館などがある。




小さなトランジスター・ラジオから流れるポップス、ロック、R&Bを夢中に聴いた中学生の頃。 そして1969年、ジャズ喫茶等に通い始めた頃からジャズ、ブルーズにも興味をもち、今日まで聴き続けてきました。晴れのときも、雨のときもずっと一緒だった、私の大好きなミュージシャンたちのアルバムや曲を取り上げ感想を綴ります。 あなたのお好きなミュージシャンやサウンドが、私の[エンジェルズ・オブ・ミュージック]にあれば嬉しいです。 mail
連載25
Sonny Rollins [Saxophone Colossus] 1956年録音
コールマン・ホーキンス、レスター・ヤング、チャーリ−・パーカーなど、サックスのイノヴェータ−を受け継いで50年代ハード・バップのスタイルを確立したソニー・ロリンズ。このアルバム・タイトル [Saxphone Colossus]にふさわしいサックスの巨人である。力強い音色とフレージング、かといって重くなくリズミカルに楽しい彼のテナ−・サックス。「こんなアルバム取り上げてもチョーメジャーだし、みんな好きだろうし、当たり前やん」と言われるであろうが「でも、好きなんやもーん」と言うしかない。
親しみやすいフレーズの「St. Thomas」。カリプソは、幼い頃トリニダード出身のお母さんから良く聴かされていて、体に染込んでいるのであろう。ソロの出始め何度も同じフレーズを吹くのがユーモラスで、軽やかで楽しい。「Moritat」も初めて聴いたときに、「これって、マック・ザ・ナイフだよな」と思ったが、そのとおりで、ボビ−・ダーリンのバージョンを聴いて知っていたので、親しみを感じて大好きになった。ソニーの堂々とした吹きっぷり、トミー・フラナガンの美しいピアノタッチ、幾度ものセッションを重ねて気心の知れているマックス・ローチとのキレのいい掛合い。何度聴いても飽きない。「Blue Seven」はクールで渋く、「You Don't Know What Is love」のムーディなスローの後の「Strode Rode」の疾走感がカッコいい。
チャーリ−・パーカーが亡くなる1955年、一時活動を休止していたソニー・ロリンズは入れ代わるように活動を再開。同年1955年12月「Work Time」を録音。これを先駆けに、翌1956年3月はクリフォード・ブラウンが亡くなる前の共演「Sonny Rollins Plus 4」5月コルトレーンとマイルスのザ・リズムセクションとの共演の「Tenor Madness」6月にこのアルバムを録音12月ブルーノート「Sonny Rollins 第1集」とセロニアス・モンクの名盤「Brilliant Corners」に共演。
翌1957年3月にはウエスト・コーストに飛んで録音した、カウボーイのジャケットでお馴染みの「Way Out West」4月ジャケットが最高にカッコいいブルーノート「Sonny Rollins 第2集」6月「The Sound Of Sonny」9月「Newk's Time」11月にはピンク地にサングラスをした顔のアップのモノクロ写真のライブ盤ピアノレス・トリオの「A Night At The Village Vangurd」と次々と名盤といわれるリーダー・アルバムをこの2年間に録音している。また、クリフォード・ブラウン、マックス・ロ−チ等の共演アルバムが多数あり最も彼が充実していた時期だった。そんな充実期の中で最も人気の高いアルバムが 「Saxphone Colossus」。これをはじめとして、50年を経った今も愛聴されている。